社長挨拶

                                                                                

 IT革命以後の電子機器への依存度や技術力の高まりは年々その速さを増しており、国土開発や経済発展の一翼を担うクレーンリース業界にあって、このクレーン車の操作についても、これらによる制御なくしては行なうことができなくなっております。しかし、その中核には人の動きが必要になります。人の品格、技術力、チームワークや安全への取組みが、会社の品格としても現れるものと考えて企業活動を行なっております。当然のことながら、会社の規模を拡大するに連れて、地域や社会全体への貢献度も高くなっており、社会的責任の大きさを感じております。このように、昭和39年創業以来の会社の方針として今まで培ってきたものを、これからもさらに発展させるべく、皆様のニーズを的確に把握して、さらに付加価値を高めるための努力を惜しまず日々活動しております。

今後とも、引き続きご指導・ご鞭撻を賜りますよう、心からお願い申しあげます。

沿革

 昭和39年3月10日、日本通運に永らく勤務していた前社長与田弘が興亜石油麻里布製油所(現新日本石油精製)の構内作業に従事するため、トラック2台・クレ-ン車1台でオペレータ付きの車両リースを業務とする「与田産業株式会社」として、創業を開始しました。 折から、山陽道は、コンビナ-トの建設ブ-ムで、岩国・大竹での需要は日増しに多くなりましたが、クレ-ンリ-スという事業がまだ確立されておらず、軌道に乗せるためには毎日が苦闘の連続でした。
 昭和40年10月に、新鋭トラッククレ-ンを導入して、着々と地場を固め、各種建設事業の大型化・高層化の傾向にマッチして、ようやくクレ-ンリ-スが脚光をあびるようになりました。
 そこで昭和42年6月、「与田運輸株式会社」に社名を変更し、一挙に多数のクレ-ン車を導入し、岩国・大竹地区の重量物吊り卸し作業に取り組みながら遂次営業範囲を拡大しました。
 昭和44年9月には水島営業所を設置し、岩国・水島を拠点とする瀬戸内海沿岸工業ベルト地帯の広域営業体制の確立を見るに至りました。
 その後、大型クレ-ン新鋭機の重点補強、オペレ-タ-の技術向上や、徹底したサ-ビス体制などで企業力を高め、中国地方屈指のクレ-ンリ-ス業者として成長し、昭和49年11月徳山営業所(現周南営業所)、昭和60年7月柳井営業所、昭和63年10月広島営業所、平成4年7月宇部営業所を開設しました。
 しかし、バブルの崩壊に伴い経営の合理化を図るために、平成7年3月に広島営業所と柳井営業所の2カ所を岩国営業所に統合して、業務内容の充実を図りました。
 このような中で、平成元年3月に創業25周年を迎え、同年10月1日に社名を与田運輸株式会社から「与田リース株式会社」に改名し、平成4年3月には30周年を前に本社ビルを新築しましたが、平成5年2月に前社長が死去し、現社長の与田真矢尚が全事業を継承しました。その後、平成8年3月29日に「与田商事株式会社」を合併吸収しました。営業所の名称も、平成15年4月21日から市町村の合併が相次ぐ中で、徳山営業所を周南営業所と改めました。
 目まぐるしく変革する世の中にあって、会社の総力を結集し新時代に対応しながら、より一層の機動力の向上を求めるクレ-ンリ-スのパイオニアとしての道を歩んでおります。